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心からの感謝を込めて。/国吉 亜耶子
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ここを訪れたあなたへ


私は、3歳の時からピアノを習い始めました。
自分の意志では無く、母に通わされました。

高校を卒業し上京しバンドに誘われ、その時初めて「バンド」を知りました。
それまで、ギターとベースの違いが全くわかりませんでした。

バンド、「NO NAME」が始まりました。

自分の意志ではなくピアノレッスンの課題として曲を作るという事は小学1年からしていたのですが、「歌詞」を書いたのはバンドがきっかけ。
バンド同様、東京に出て来たばかりの18歳の頃でした。

上京したての頃には、家にキーボードが無くて、同居している従姉妹に借りたギターで作っていました。
ソロ1st.ミニアルバム「PATH」に収録されている「Last Letter」という曲です。

今まで、学校が嫌いでした。
どうやって休もうかといつも考えていました。
高校の頃は授業を抜け出し、部活の時間に戻って来るという日々でした。

今思えば「とらわれる事」が何より嫌だったのだと思います。
学びたい事があの場所には無かったのだと気付きました。

朝弱く、いつも母に叩き起こされて、朝ご飯も食べずに
慌てて学校へ向かうのですが、何度も遅刻していました。
今思えば、私の1日は「24時間」では無かったのだと気付きました。

そんな私の東京での生活。
誘われて始めたバンド活動は、毎日朝が訪れる様に、何となく続いていきました。

それでは駄目だと自身に賭けをしたバンド4年目
2004年の11月、私は新潟県の川口町へ行きました。
中越地震の震災ボランティアに行く為でした。
それは、自分自身をリセットしに行く為でした。
今、行くべきだという直感に従い、そこで自然の力を知らされました。

紅葉の美しい季節、美しい信濃川の川沿いのテントの中で、寝袋の中で大地の声を聞きました。震える地に生命を感じました。
それでも夜空は美しく、星がきれいでした。月が眩しかった。
その時に「こんなに大きくなりました」という唄が生まれました。

私は気付きました。

結成当初からのメンバーが私だけになった今、止める事が出来るのは私だけだと、
そこへの躊躇は、積み重ねて来たものを崩してしまう、それが嫌だというただのワガママな執着心。

自分の小ささ。

何かを変えたいと、その為には、まず、自分が変わらなければならない。

東京に戻った私は、バンドを休止する事に決めました。
「解散」とは言いませんでした。
「また何年後かに、それぞれが大きくなって、
 一緒にバンドしてたんだって言って
 再開したらカッコイイじゃない。
 何十年後でもいい。」そう言いました。

「こんなに大きくなりました」
第二次があるかは、わかりませんが、 第一次「NO NAME」 最後のライブで最後の曲。

そしてソロの最初の曲でもあります。

現在は、NO NAMEのドラマー西川真吾に誘われて、国吉 亜耶子 and 西川 真吾 Duo にて活動中です。

ライブでも言っていますが、国吉 亜耶子 and 西川 真吾 Duoは、国吉亜耶子という人と西川真吾という人のデュオでは無く、「国吉 亜耶子 and 西川 真吾 Duo」というバンド名です。

2人で作る音楽は、初めは「変わった編成」という感想ばかりで、私が、私たちが思い描いている世界を理解してもらうまでは、
何度も悩み、表現出来るように努力しました。

今でも「まだまだ」そう思っていますが、ただ、今やれる全力でやっています。
やる以上は、どこまでやれるか、常に思っています。

→  続く



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